月に手を伸ばせ

アートとバイク。思ったことを何処かに残したい。

私とエレカシ#39

穏やかな時間はあっという間だった。
誰とも深くはつながらなかったが、自分を見つめるいい機会になった。
誰もいないとはこういうことだと、学んだ。
雨が降っても誰かが洗濯物を入れてくれるわけではない。
部屋を放置していれば勝手に汚れていく。
深い海に潜っていたようで、空を飛んでいたような日々だった。

家族と顔を合わせる暇もなかった。
その分毎日何十件と着信があり、電話に出れば怒鳴られた。
生まれたこと、祖母が死んだこと、学校を勝手に選択した事、家を出たこと。
母を相当傷つけたらしく、電話に出れば叫ぶような声と罵倒が聞こえてきた。

電話を取ろうとすると、身体が動かなかった。
窓の隙間に目があるような気がして外にも出れなくなってしまった。
見張られている気がして、なってもいない電話の音が聞こえていた。

眠っていてもなってもいない電話に起こされる。
何かに没頭するしかなかった。
毎日家に帰ればプロットとにらめっこしながら作品を作り、音を作り、凛がさみしいと言えば声をかけていたものだから、生活がおろそかになっていく。

いつの間にか部屋はごみ屋敷のようになっていった。
紙の山、キッチンのごみ、洋服の山。いったい何が大切なのか分からなかった。
毎日、日常をこなすことがだんだんと難しくなっていって。ふと振り返れば、毎日の選択肢が多すぎることに気付いた。朝起きて、顔を洗い、靴下を選ぼうと思うと、靴下をはこうとしたら、どれを選べばいいのか分からなくなってしまった。

電話のベルと、共感覚の音と色が混ざり合って運転もできなくなる。

 

ゲンカク Get Up Baby

ゲンカク Get Up Baby

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俺が悪いのか 悪いのか この俺が 人々よ
俺のこの部屋が散らかり放題
ああ つかれて
ゲンカクGet Up Baby ゲンカクGet Up Baby

まさに曲のように、何が悪くて、こうなっているかも分からなくて、ここまで体に出ているのは、こんな異常事態になっているのは自分でもよくわかっていたけれど、自分の中で隠し通せると思っていた。

最初に気付いたのは、バイト先の社長だった。

「最近、バイト先に来るたび真っ青な顔をしているけど、何か辛いことあったのかい?」
そういって社長は私の顔を覗き込む。

極力電話を取らない仕事を回して貰いたいことと、迷惑をかけて申し訳ないが本調子になるまで待ってほしいと話した。
「仕事は、生活のために必要なんだし、まじめにやってくれているんだから、事情はよくわかった。でも早めに親御さんに話したほうがいいよ」
そういって社長は私の頭をポンとたたいて部屋を去っていく。
何百という香典返しをつつみながら、電話の音と闘い、毎日の労働をやり過ごした。

あんたはあの場所で 喜びも悲しみも 思い出して
はたらかずしてもんくか 男たち
ゲンカクGet Up Baby ゲンカクGet Up Baby

マーシーと元部長のバンドでは、ライブもそこそこにこなせてはいたが、マーシーのギターの音がずれるたびに、怒鳴ったり、練習しろよと悪態をついたりしてしまった。
マーシーは私をみて不安げに、「お前、昔の、中2のころの、アレ、またやったりしてないよな」とクスリにおぼれていた時期の話をし始めた。「何かあれば俺に…」そこまで言いかけて彼は口をつぐむ。
マーシーの気持ちはよくわかっていた。
「クスリじゃねえし、ごめんな、お前は何にも悪くないから」
そういってあげるのが精いっぱいだった。
「何かあるなら、俺らでだめなら、カケルさんに連絡しろよ」
そう、元部長は私に言った。元部長、タクミさんというのだが、タクミさんは本当に大人で、自分のできる範囲のこととできない範囲のことをちゃんと線引きできる人だった。
「あぁ…そうしてみるよ」
私はそんなタクミさんのいう事なら、すっと受け入れられた。

それから、すこし、活動していたバンドにお願いをして、別のベースをあてがうので、しばらく活動を休ませてほしいだとか、演劇の団体に、脚本は渡すので、あとは稽古の時にはもう監督とメールのやり取りだけにしてほしいだとか、とにかく自分の抱えている荷物を少しずつ減らしていった。