月に手を伸ばせ

アートとバイク。思ったことを何処かに残したい。

私とエレカシ#30

 

 

「序曲」夢のちまた

「序曲」夢のちまた

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世を上げて 春の景色を語るとき
暗き自部屋の机上にて 暗くなるまで過ごし行き
ただ漠然と思い行いく春もある

 

卒業式の日に初めて袖を通した制服は私をあざ笑うかのように晴れ晴れしい装いだった。
大きなリボンが苦しかったが、この日ばかりはそうも言ってられなかった。
今この時をただの一日と治めるには小倉の町はあまりにもいろいろな色を携えていた。

いい季節だ どこへ行こう
不忍池など楽しかろう
雨になれば水が増して さぞ水鳥も驚くだろう


紫川は私の家のすぐそばを走り、暗渠へ続く。その上には歓楽街。
欲望の渦巻く町は、小さな私には大きなサーカスに見えていた。
人は皆さみしくて、かけらを探し回る。
私のさみしさなんてまだ小さくて、大人のほうがたくさんのさみしさを抱えていた。
人はさみしさを抱えきれなくなるから少しずつ忘れていく。
そんなあきらめや絶望を抱えながらそれでも人は夜光虫のように光を求め
汚い中でも生きてきた。

「今までありがとう。」
小倉の町と家族に告げた。ただつぶやいただけ、そこには誰もいなかった。
一刻も早くこの堅苦しい制服を脱ぎ、もうこの不自然さをもう捨てたかった。
トランク一つとベースだけを抱えて私は卒業式のあとすぐに家を出て行った。

いつか、この日を思い出すのだろうか、そして涙する日が有るのだろうか、そう思いながら小倉の町をもう一度バスの中から眺めた。

もう心にとどめておきたい物事はすべておさめた。

仲間も、恋人も、すべてトランクに詰め込んでいくのに何がそんなに悲しいことがあろうか。
そう思いながら小倉駅に制服を捨てた。卒業アルバムと一緒に。
そして電車に乗った。ベースを抱きしめて。

何も悲しくない悲しくなんかない。

忘れるだろう 忘れるだろう
今日一日のできごとなど
何をなしても忘れ行くのみで 忘れいくさ
夢のちまたへ

真っ赤に腫れた目を自分の鏡で見る。
もう振り返りたくない過去が詰め込まれている、それでも小倉は私の大切な街で
どう縁を切ろうとも、家族はいて、またどうせ巻き込まれることも予測は付いていた。

親友も恋人も愛する人々はみなお前の新しい出発だと喜びを強要したけれども、

エレカシだけは
門出だとも、特別な日だとも、何も言わず、どれも春のただ一日で
一日は一日だと言ってくれた。

明日は晴れか
雨になるだろうか
明日こそは町へくりだそうか
明日になればわかるだろう
明日もたぶんいきてるだろう

一人の家には家具も無く、ただ段ボールがひと箱。おばあちゃんの家のから持ってきた本と手紙が置いてある。
トランクには今まで作った曲のメモと映画のプロットと小説の走り書きに何枚かのCD。

電気の引き方もガスの引き方もしらなかった私は水道が出ることに安堵し。
暗くなった自部屋にろうそくの明かりを灯し、煙草を吸いながら水を飲んだ。

今までにない充足感が私の心を満たした。

春の一日が通り過ぎていく
ああ今日も夢か幻か ああ夢のちまた

ろうそくの火を消すと暗闇で、ただ何もない床に寝転んだ。