月に手を伸ばせ

アートとバイク。思ったことを何処かに残したい。

私とエレカシ#23

ああ俺には何か足りないと
何が足りぬやらこの俺には
弱き人のその肩に
やさしき言葉もかけられず
人を思ううちが花よと
わずかに己れをなぐさめた

 

偶成

偶成

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漠然と教室にいる同級生を見やる。
耳慣れた方言も、教室でハイになってる不良たちも、短いスカートも、安っぽい整髪料も、すべてが私の焦燥感をあおった。
自分の恋人もなんというかしっかり向き合えなかった。
弟や妹、父母、おばあちゃん、これからいったいどれだけ人生に関わるとしても、私は一生彼らと過ごすわけではない。
私は私の人生を歩まなければいけないけれど、ここで歩む人生ではない気がしていた。
それでも家族が心配で、ことおばあちゃんが心配だった。

ああ哀れ 時の力はわが命を食いつくし
しかばねとなるまで
しかばねとなるまで
何が足りぬやら

進路に悩むのはもちろん私も同じだった。
自分は何がしたいのだろう。

何がやりたいって映画が作りたかった。
でも映画を作るには何が必要かも分からなかった。
漠然と映画を見て、CMをみて、記録するだけだった。
小説や音楽はアウトプットの方法を知っていたが、それが出来る方法を映画では知りえなかった。


少年老い易く 学成り難し 一寸の光陰 軽んず可からず
偶成の一説をそらんじては、来るはずのない世界の終焉と、自分の人生の終わりを漠然と考える。

エレファントカシマシの偶成は私のその時の悩みをよく表していた。

我が命尽きる 
その日が来るまでに 
時は我が血を吸い身を削り
生活手にす遑も無きがままに

ながされて、まきこまれて、誰かの手綱の通りに動いていた人生から
自立し、自分の人生へと昇華していく必要があった。
何もない人生で死ぬのであれば、今すぐこの瞬間死んでしまっても構わなかった。
生活がままならなくなったとしても生きている感覚が欲しかった。

私が生きていたのは今まで15年の人生の中でどれほどあっただろう。

生をうけ、初めてを受け取った日々

ギターのCコード
初めてのツェッペリン
初めての恋人
空も飛べるはずを弾き語った日
カケルに抱きしめられたとき
おばあちゃんの手術が成功した日
群青日和をコピーした舞台
平成のライブ

 

人生で心揺さぶられる瞬間が無い限り、私は満たされない事を知っていた。

流るるドブの表を
きらりとさせたる夕陽あり
俺はこのため生きていた
ドブの夕陽を見るために 

 

やはり、私は芸の道を歩もうと思った。

カケルにそこまでに至る経緯を話し終わったとき、カケルはタバコをふかしながら画面の向こう側で言った。

「一緒に東京に行こう。
お前が日本で生きるには東京しかねえ。
芸の道も、すべて東京なら最前線だ。
お前の生きる道はそれからだ。くそったれな人生変えてやろうぜ。」

そういった。

カケルは不思議な奴だった。いつでも生きる希望をくれた。
私を明るい方に引っ張ってくれるのはエレカシとカケルだった。

 

担任に呼び出され、素行が悪すぎるので公私どちらの高校も
北九州市内では合格は厳しいと言われてしまった。

そこで、担任が提案してくれたのは、生徒会活動だった。
音楽が好きなら放送委員をやればいいと任命された。
後は月に1度の奉仕活動。(これは老人ホームへの演奏慰問)
3年になった私はジャージで登校する以外はまじめな生徒だった。

それでもたった一年の改心じゃ絶対に間に合うものではない。
それを逃げ道に私は高校から家を出ることを考え始めた。

俺はこのため生きていた
ドブの夕陽を見るために