月に手を伸ばせ

アートとバイク。思ったことを何処かに残したい。

雨曝しだった空に浮かぶ月#02

カケルは私の胸倉をつかんだ。
「なんだその顔いい年こいて何考えてんだ。幸せじゃないってどういうことだ、俺の言葉を無視し続けたくせにどういうことだ、打ち明けないなら幸せでいろよ。

お前が話したくなるのを待っていたけどもういい加減にしろ。お前今すぐ全部話せ話せないなら今すぐこの場で荷物まとめて俺のバイクに乗れ」

怒号のような声が私の耳に響く。
「ごめんなさい。ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。」
そういってカケルにしがみつく。

野音の時だってお前、全然話してくれなかった。俺がどんなに大事に思ってるか分かってるはずじゃないか。」
カケルは私の体を引きはがしながらそういう。

「ごめんなさい」
私はもう一度カケルにいう。
「まあいいけどよ。男はもう部屋にいないのか?」
そういってカケルは懐かしいにやっと笑う表情を私に向けた。
「いない。今日部屋でてくって言った。」
そう答える。
「そうか、なら部屋の物まとめな。余計なもんはなんもいらねえ。」
そういって部屋に入る。
猫がすり寄ってくる。思わず抱き留める。
「ほんとに。どんな生活してたんだよ」
そういいながら部屋をみやる。
薬の山と、焦げたスプーンと、それを見ただけでカケルは私を見る。
「全部捨ててけよ」
そういって肩を震わせる。
薬は一週間前からなんだよ。眠れなくて。そんな事言えるわけなかった。
カケルは死ぬほど怒っていた。
「ここが生活の場で、お前が生きられるわけない。こんなアパート広すぎる。」

 

ワンルーム叙事詩

ワンルーム叙事詩

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家賃6万のアパートで僕らは世界を旅する
燃える都市
干上がった運河
呆然と立ち尽くす老人
僕らのワンルーム叙事詩無線LAN
半永久的に加速する
その遠心力で横転した 原型をとどめていない幸福
そいつを僕に売ってくれよ 笑える心を売ってくれよ
本日天気は終末型 頼みの理想もしなびたか
世界が終わる もうすぐ終わる 空しい 寂しい が流行
もう全部嫌になったから この部屋に火をつけた

誰かといても一人、何があっても満たされない部屋だった。
カケルは暴れながら部屋の中の物を捨て始めた。
こんなもの いらない いらない
流せなかった涙や
悔しかった気持ちや
あの日のみ込んだ言葉や
後悔や申し訳なさや絶望も全部
こんなのオマエじゃない こんなのオマエじゃない

そういいながら全部を捨てて行った。
まるでテロだった。

黙って炎を眺めていた 次第に騒がしくなる路上で 世界は無声映画の スローモーションみたいに滑稽に見えた
サイレンでふと我に返った 帰るべき我がある事に驚いた あぁ 僕はまだ 僕である事が許されるみたいだ
赤いランプで途切れ途切れに 照らされる隣人の狼狽 膜一枚隔てた外で この街は夏祭りの様相
薄笑いをこらえきれなくなったところで 羽交い締めにされた 僕は 僕は 必死に叫んだ 消すなそいつは僕の魂だ

テロリストを眺めている間。私は私を取り戻していった。
何を無理して来たんだろう。
カケルは私の代わりに怒っていた。
怒りの炎が家全体に及びそうで、カケルは口もきいてくれなかった。

燃えろ 燃えろ 全部燃えろ
これまで積み上げてきたガラクタも そいつを大事にしてた僕も 奇跡にすがる浅ましさも
雨にも負けて 風にも負けて 雪にも夏の暑さにも負けて
それでも 人生って奴には 負けるわけにはいかない
一人 立ち尽くす そこはまるで焼け野原


雨曝しだった空に浮かぶ月#01

そこに愛は無かったと思う。
いつの間にか増えた持病に吐血するまで気づかない程働きづめだった。
「私たちには絆があったじゃない。」
そんな話をしてもむなしいだけだった。

彼と拾ったネコだけが無神経にニャアとないて双方の機嫌をとっていた。
5年は長かった。長すぎた。
傷つけあって、消耗して、何度殺してやりたいと思った事か。殺されると思ったか。
それでも、家族が欲しかった。
そして彼にも自分が必要なはずだと信じ切っていた。


もう5年だ。音楽や映画やそういう世界はあきらめた。
だって金しか希望が無かった。
世の中には金しかないって思っていた。
そうじゃないと存在すら出来ないと思っていた。
何もかもあきらめるしかないって思っていた。

だから背を向けてきた。そんな生活が5年。

家族から自由を買うために稼ぎ。
安心を与えてもらうために稼ぎ。
毎日毎日金金金金!

小銭ばかり数えてきた。目を皿のようにして。


その日常が突然途絶えた。

私が思っていたほど、彼は私を必要となんてしていなかった。

そして生徒も私なんか必要としてなかった。

彼と拾ったネコだけが無神経にニャアとないて双方の機嫌をとっていた。

家族に自分から5年ぶりに連絡をした。

ただただ声が聞きたかった。

「あなた、会社を閉じるってお金はどうなるのよ。私たちの事は何も考えてないで、どうしてくれるのよ。いつも自分本位で。
実家に戻る?そんなこと許すわけないじゃない。あなたが実家に帰ってきて妹のキャリアに影響が出たらどうするの」

まだワーワーと言っていた。ずっと残響のように聞こえる。

彼が部屋にいると分かると動悸が激しくなってとたん不安になる。叫びだしそうになる。

これから先の人生何のために生きていけばいいか分からなかった。
だって家族も、婚約者も、仕事も、生きる大義名分をすべて失ったから。
さすがにこの渦中にいて誰かがお前を待ってるって言葉が素直に聞き入れられるほど強くは無かった。

いろんな音が同時に刃のように首元を狙ってきた。

音を遮断するために寝ようと思っても20分眠れればいい方。

動悸が激しくて起きてしまう。

隣室の彼の咳払いにビクついて眠れやしなかった。

彼の笑い声が聞こえる。あぁ、本当に私はお金以外要らない人間だったんだ。そう思いながらテレビの音量を少し上げる。

「金と銀」を眺めていた。別れる別れないの瀬戸際のころから始まったドラマだった。
エンディングの歌、最初は気にも留めなかった。彼のお金の動きや、生徒への事、いろんな思い出したくないフラッシュバックが止まらない頃から、少しだけ耳に残る言葉が聞取れるようになった。

 

ヒーロー

ヒーロー

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食欲がないもんだからさ
別に小銭がないわけじゃないんだよ
君の横顔見ていると
そういうことを言いたくなるんだよ
もしも明日世界の危機が来て
僕が世界を救う役目だったら
頑張れるのにな
かっこいいのにな

なんて空想だ
なんて空想だ

 

その君は私の中では誰とも言えなかった。家族かも知れなかった。誰とも言えない誰かにそういう役目を与えられた自分というのを見てもらえたら生きる気力もわいてくるような気がした。

なんて言っても世界の危機なんて
そうそう来るもんじゃないんだけど
それなりの人生の危機ってやつは
僕なんかにも訪れるもんで

孤独になっても夢があれば
夢破れても元気があれば
元気がなくても生きていれば
「生きていなくても」
とかあいつらそろそろ言い出すぞ

 

死にたい理由なんていくつでも見つかったけど。
私は生きなきゃいけなかった。
生きるためではなく、死なない為に、苦しみや絶望のさなかに荒野の果てに負傷の兵士が鼓舞しているようなそんな音楽だった。
死なない為に、私はその日からamazarashiを聴くようになった。
もう死にたいという気持はどこに向けられているかさっぱりわからないけどとにかく死にたいを消したかった。

小銭数えて逆算する人生も
追いつめられて首括る人生も
もうよく聞く話しだ 驚かないよな
今が世界の危機かもね 誰も選んじゃくれないけど
頑張れるかもな かっこいいかもな
ここでやれるんなら 今がまさにそうだ

どうせ「世界よ終われ」と願っても 世界はくそったれのまま 続いてく

 


神様は超えられない試練なんて与えないっていったけど、もう頑張ったよね。大丈夫だよね。
そういって甘えそうになる自分がいたけど。
それでも生きなければならないといわれたから、私は音楽を手にまた戦うことにした。
ありふれた自殺者になんてなっていいわけがない。
誰もそんなもの聞き飽きているからエンタメにすらならない。

生きてやる。
生きて戦って、絶対に幸せになってやる。

私には家族も結婚も仕事もなくなった。今は人以下だ。
だけど自分が生きる爪痕をどこにも残せないのはやはり不幸だ。
何もなくても幸福になれる。
何があっても幸福になれない人がいるように。

僕らは雨曝しだが“それでも”

今は雨曝しだ。だけど私には音楽がある。
生きるしかないならもう自分に嘘なんてつかない。

部屋の中から可愛がっていた生徒の服が出てきた。
同居していた男を刺し殺す前に家から飛び出した。
母の携帯電話の番号を拒否登録にした。
カケルに電話を掛けた。
「よぉ、あんな別れ方しといて、夜中に電話って…おい、なに、え、今から行く」

私とエレカシ#41

朝が来て昨夜のカケルは嘘ではないんだと思った。

まだカケルは寝ていた。
ぼさぼさの髪をなでながらコーヒーを淹れる。

ごそごそと起きてきたカケルが私の顔をみてほっとしていた。
後ろから強く抱きしめてくる。
「お前が死んじまう夢をみた。」
そういって泣き始める。

何度も何度も簡単に思ってきた感情だった。
死ぬ時の高揚感が忘れられずに周りなど見ていられなかった。
そんなこと、カケルには言えなかった。
「自分もいつか死んじゃうから」
そういってコーヒーをおいた。
「何でそんなことばっかり言うんだ。」
そういってカケルはまだ離れない。
「こんなに俺はお前を大切に思っているのに、家族じゃないからか、俺の為に生きたいって元気になりたいって言ってくれよ」
そういってまた泣く。
「カケルには大切がいっぱいある。お母さんも、彼女も、エレカシも、バンド仲間も」
そうつぶやく。
「自分にはカケルしかいないから、そんな風に言われても、困ってしまうよ」
そういってカケルの体を引き離しにっこりと笑う。
「説得力ないか…」
そういってカケルはしょぼんと肩を落とす。
「ないね。全然、でも、ありがとう」
そういって煙草に火をつける。
「予約、何時だっけ?」
そういって時計を見る。
「まだ時間はあるから、ゆっくりしとけ、時計、見たってお前は時間守れないから言わない」
そういってカケルは笑う。

エレファントカシマシの風というアルバムは、やはり二人にとっては思い入れの深いアルバムで カケル弾けば、私が歌う、それで二人で歌う。
病院へ行くまでの間、二人でふと口ずさんだ歌はやっぱり風だった

自分がいなくなることで相手に与える感情なんて考えた事も無かった。カケルは私をどう思っているんだろう。
私がカケルにどう思ってるかという感情だけで話をしていた。
カケルの気持ちなんて考えていなかった。
いつも遠い所から僕の所へすぐ来てくれた。
自分のダメな部分もいいとこも見ていて、なのにずっとそばにいてくれる。意味が分からなかった。


何故、僕が死ぬことに涙するのか。
好きだから。
分かっている。
その好きはどの好きなんだ…そう思ってしまう。
私もカケルが好きだ。考えれば考えるほど心が立ち入ってはいけないと拒むように音が激しくなった。

 

風

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いつか通った通りを辿り来ただけなのかい?
「いいのかい?」なんてさ 死ぬのかい?オレは…

病院の診断は急性ストレス障害だった。
まぁ、予想通りと言えば予想通りだった。
だって今は苦しくなくて、カケルのことを考えている。

「お前、何さっきから難しい顔してるんだ」
カケルは不安そうに私に聞く
「いいのかい?」
訊いてみた
「お前は一生そのままな気がする。でもそれでいい。俺は一生そんなお前のそばにいたい」
カケルはそういった。
「それは自分を女だと思っていっている事なのか?」
カケルに問う。
「どうだろうな。俺はよくわからん。でもお前が大切だ。それだけなんだ。」
カケルは困ったように笑う。
「お前を閉じ込めておきたくなる時がある。世間に触れさせたくない時がある。誰ともつながってほしくなんかない。悲しい顔をして欲しくない。苦しい思いもして欲しくない。そんなのはダメだと思う自分もいる。誰かと笑っていてほしい。その誰かがお前を一生悲しませないんなら。それくらい、大切なんだ。男だからとか女だからとかじゃないんだ。」
そういって顔をそむける。
「もし、恋をするなら、カケルがいいな。多分、ほかの誰でもなく、自分が一番執着してるのはカケルだもん。」
そう、カケルに言った。
自分が何者であっても、きっと本質は変わらない。
その本質の中に、どんな立場になってもカケルを思う気持ちはあるんだなと確信した。

あと百年生き長らえても
今のこのオレを抜けられやしまい

そんなに長くいきたいとも思わなかった。そんなに早く死にたいとも思わなかった。
「俺はさ、女が好きだから。」
カケルは言う。
「お前と付き合うなら女でいて欲しい。」
そういった。
「年取れば、男も女も関係なくなるから、そういうの無くなって、それでもカケルがその人だってひとと出会えなかったらずっと一緒にいてね」
そうカケルにぼそっといった。

あと五分しか生きられぬのなら
今のこのオレをこえられるというの

「時代も変わる。お前の愛する人を探す道を諦めちゃだめだ」
カケルは言った。
「お前の事受け入れてくれる人間もいる。お前を変だっていうやつも少なくなるから。」
そういいながらカケルはこぶしを強く握った。
「オレ東京の大学に行くんだ。だからお前も東京に来い。待っててやるから。おれももっといろんな人間に出会う。それにお前以上に大事に出来る奴探す。バインバインの巨乳の彼女をな!」
そういって笑う。
いつか死ぬ。だから生への執着を持つ。
僕の生への執着は、芸術と、カケルだけだった。
いつか死んでしまうなら、私はカケルに手を握っていて欲しいと思った。それまで一緒にいて欲しいとおもった。

いつか通った通りを辿り来ただけなのかい?
「いいのかい?」なんてさ 死ぬのかい?オレは

 

私とエレカシ#40

「お前はいつもろくなときに電話してこねぇなぁ。」
電話越しに少し嬉しそうなカケルの声がした。ほっとする。涙がおかしいくらいこぼれてきた。
「なんだ、どうした、言ってみろ一個ずつ」
そういって優しく私の返事を待つ。
「僕は普通じゃない」
私は声を絞り出した。
「俺も普通じゃないさ。」
そういってカケルは笑い出した。
「お前はいっつもたいしたことないところから話し始める。最初からスパッと理由を話せ」
突然に怒鳴る。
目が覚めるような声だった。
「げ、幻聴が聞こえる」
そういうが早いが。
「明日行く。ほんっとお前は、早く言え、そんなことは」
そういって電話を切られた。
またカケルに迷惑をかけてしまった。

翌日、カケルは寝ぼけ顔で博多駅までやってきた。駅まで行くと、私を見つけるが早いが抱きしめてくれた。

 

君がここにいる

君がここにいる

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町は変わるけど
ココロは変わらない
今確かにそう感じるのさ
小さな部屋にも
大きな町にも
今確かに君がいるのさ

「お前真っ青じゃねえか、寒そうにして、何があったゆっくり話せよ。でもとりあえず今は俺がここにいるから、だから安心しろ」
そういって、周りにクスクス笑われているのも気にせず私を抱きしめたまま話さない。

涙が止まらない時は
僕がそばにいて
握った手を離さないで
僕はここにいるよ

はた目から見れば幼いカップルにでも見えたのだろう。
でもそれよりももっと深い、もっと大切な絆が私とカケルの間には生まれていたんだと思う。

こんなに力いっぱい抱きしめられたのは、きっと人生でカケルだけなのではないか。
カケルの横を歩きながら私はそんなことを考えていた。

憂鬱な雨の日も
輝ける明日も
今確かに君がいるのさ

「お前はほんっとに、迷惑ばっか掛けやがって、俺がここに来るまでどれだけかかると思ってんだ」
そういいながら頭をくしゃくしゃとなでる。
「お前が男であれ、女であれ俺はお前のこと世界で一番大事に思ってるからな」
いつだったっけ、初めて会った時も、カケルはそんなことを言ってくれた。
あの時は背中が大きくて、ついていくのがやっとだったけど、少しずつカケルに追いついていったっけ。
でも、またカケルは大きな背中で僕の前に立っていた。

昨日の喜びを
優しい驚きを
今全て僕に伝えて
君はひとりじゃない
僕はここにいる
今確かに君がいるのさ

一つずつ、丁寧に話をし始めた。
福岡に来て、書類の手続きや、その他もろもろで社会に対して恐れが出てしまったこと。
初めてのバイト先でひどい目にあったこと。
カウンセラーの先生に助けてもらったけど、その影響でマーシーとうまくいかなくなって別れたこと。
自分と同じセクシャルマイノリティの凛と依存関係になってしまったが、結局うまくいかずに離れてしまったこと。
(amazarashi編で書きます)
毎日電話が親からかかってきて怒鳴り声を毎晩聞いていたら幻聴が聞こえ始めたこと。
毎朝起きて学校に仕事先に行くときの選択肢が多すぎて前に進めなくなってしまうこと。
人とかかわる回数を減らしてなんとか自分を抑えてはいるがちょっと限界が来そうだってこと。

そこまで話すと、カケルは深くため息をつきながら、
「それで…クスリは?」
と聞いてきた。
首を振る。
「そうか…えらいぞ」
そういって私の頭をなでる 。

雨上がり風が吹いてきたこの部屋の中に
煙草に火をつけて 俺は
おもてを見ていた

そして一息おいて
「もっと捨てなきゃだめだ。お前は全部のことを抱え込みすぎなんだ。手放さないと」
そういって笑う。

 「まずこのきたねえ部屋どうにかしないとな」

そういって部屋の掃除を始めた。
カケルは私と二人で、部屋の中のものを大体捨ててしまった。

どこかへ逃げ出そうなんて
言いたくないのさ
握った手を離さないで
探しに行くのさ

「ありがとう」

カケルときれいになった部屋に寝転びながら、私はポツリと言った。

「何言ってんだ今頃、お前と出会ったんだから。俺らは生きるしかねえんだからさ。」

そう言って私の手をにぎる。

町は変わるけど
ココロは変わらない
今確かにそう感じるのさ
憂鬱な雨の日も
輝ける明日も
今確かに君がいるのさ

そのまま二人で眠ってしまった。

電話もならない何も聞こえない。静かな夜だった。

久しぶりにちゃんと眠れたきがした。

 

君がここにいる

 

 

私とエレカシ#39

穏やかな時間はあっという間だった。
誰とも深くはつながらなかったが、自分を見つめるいい機会になった。
誰もいないとはこういうことだと、学んだ。
雨が降っても誰かが洗濯物を入れてくれるわけではない。
部屋を放置していれば勝手に汚れていく。
深い海に潜っていたようで、空を飛んでいたような日々だった。

家族と顔を合わせる暇もなかった。
その分毎日何十件と着信があり、電話に出れば怒鳴られた。
生まれたこと、祖母が死んだこと、学校を勝手に選択した事、家を出たこと。
母を相当傷つけたらしく、電話に出れば叫ぶような声と罵倒が聞こえてきた。

電話を取ろうとすると、身体が動かなかった。
窓の隙間に目があるような気がして外にも出れなくなってしまった。
見張られている気がして、なってもいない電話の音が聞こえていた。

眠っていてもなってもいない電話に起こされる。
何かに没頭するしかなかった。
毎日家に帰ればプロットとにらめっこしながら作品を作り、音を作り、凛がさみしいと言えば声をかけていたものだから、生活がおろそかになっていく。

いつの間にか部屋はごみ屋敷のようになっていった。
紙の山、キッチンのごみ、洋服の山。いったい何が大切なのか分からなかった。
毎日、日常をこなすことがだんだんと難しくなっていって。ふと振り返れば、毎日の選択肢が多すぎることに気付いた。朝起きて、顔を洗い、靴下を選ぼうと思うと、靴下をはこうとしたら、どれを選べばいいのか分からなくなってしまった。

電話のベルと、共感覚の音と色が混ざり合って運転もできなくなる。

 

ゲンカク Get Up Baby

ゲンカク Get Up Baby

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俺が悪いのか 悪いのか この俺が 人々よ
俺のこの部屋が散らかり放題
ああ つかれて
ゲンカクGet Up Baby ゲンカクGet Up Baby

まさに曲のように、何が悪くて、こうなっているかも分からなくて、ここまで体に出ているのは、こんな異常事態になっているのは自分でもよくわかっていたけれど、自分の中で隠し通せると思っていた。

最初に気付いたのは、バイト先の社長だった。

「最近、バイト先に来るたび真っ青な顔をしているけど、何か辛いことあったのかい?」
そういって社長は私の顔を覗き込む。

極力電話を取らない仕事を回して貰いたいことと、迷惑をかけて申し訳ないが本調子になるまで待ってほしいと話した。
「仕事は、生活のために必要なんだし、まじめにやってくれているんだから、事情はよくわかった。でも早めに親御さんに話したほうがいいよ」
そういって社長は私の頭をポンとたたいて部屋を去っていく。
何百という香典返しをつつみながら、電話の音と闘い、毎日の労働をやり過ごした。

あんたはあの場所で 喜びも悲しみも 思い出して
はたらかずしてもんくか 男たち
ゲンカクGet Up Baby ゲンカクGet Up Baby

マーシーと元部長のバンドでは、ライブもそこそこにこなせてはいたが、マーシーのギターの音がずれるたびに、怒鳴ったり、練習しろよと悪態をついたりしてしまった。
マーシーは私をみて不安げに、「お前、昔の、中2のころの、アレ、またやったりしてないよな」とクスリにおぼれていた時期の話をし始めた。「何かあれば俺に…」そこまで言いかけて彼は口をつぐむ。
マーシーの気持ちはよくわかっていた。
「クスリじゃねえし、ごめんな、お前は何にも悪くないから」
そういってあげるのが精いっぱいだった。
「何かあるなら、俺らでだめなら、カケルさんに連絡しろよ」
そう、元部長は私に言った。元部長、タクミさんというのだが、タクミさんは本当に大人で、自分のできる範囲のこととできない範囲のことをちゃんと線引きできる人だった。
「あぁ…そうしてみるよ」
私はそんなタクミさんのいう事なら、すっと受け入れられた。

それから、すこし、活動していたバンドにお願いをして、別のベースをあてがうので、しばらく活動を休ませてほしいだとか、演劇の団体に、脚本は渡すので、あとは稽古の時にはもう監督とメールのやり取りだけにしてほしいだとか、とにかく自分の抱えている荷物を少しずつ減らしていった。

 

私とエレカシ#38

私は自分の性認識がどちらか分からなかった。
男性の様になりたいとも思わなかったし、女性の様になりたいとも思わなかった。

性を認知させる行動が嫌いだった。
たとえばスカートを着る事もそうだった。
肌を露出させる事も苦手だった。
髪を伸ばすのも苦手だった。

男性か女性か、どちらか一方に対して恋をすることもなかった。

幼いころは戸惑うも何も、その世界しか知らなかった。
中学になって、初めて制服を着た時、あぁ自分はこうカテゴライズされるんだと認識した。
それが当たり前で、それが普通で、誰もそれをとがめなかった。

いや、もしかすると母や父は咎めていたかもしれないが、いつも何かしら怒られていたのでそこまで気にはしていなかった。

高校に入り、やはり制服を着ない私は、校内でのマイノリティの先陣をきっていたのかもしれない。
ジャージを着て、髪をそめ、派手、と言われることで、他の部分に目をやらないようにしていた。
人の目が怖かった。
だから、安心できない人には極力自分に目をやらない接し方を身に着けた。
常に思考が、音が私を取り巻く。
決して立ち入ってほしくない領域が有り、そこに立ち入られないように話を進める。
地雷原をすっぱだかで走っているような気分だった。
間違ったカードを切れば、とたん回りに人がいなくなることが分かっていたからだ。
まわりの人間は何も知らない。何もわかっていない。不安で不安でたまらなかった。

 

女神になって

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置き去りのあなたの荒くれ魂
おどけた佇まいも結局悲しい
振り返るのちょっぴり早すぎてむなしい
めくるめく想い女にちょっとジェラシー


だからこそ凜と出会って私は初めてこれでいいと受容された気がした。
私のことを決して否定しなかったし、決して悪くも言わなかった。
間違ってるとも、その通りだとも言わなかった。ただ受け入れてくれた。

私の性別のことも、それよりもなによりも私自身を、決して否定しないでいてくれた。
バンドの練習や仕事の事、家族のことさえも、翔君がそうしたいならと受容してくれた。

周りは私の事を思っていたとしても、私の守っている者を抱えるなと騒いだり、批判ばかりしていたので、余計心地よかった。

バンドの活動の合間、小説を書いている合間、絵を描いている合間、ふと彼女を思い出した。

「凜は夜の星のようだね。音も立てずにそばにいてくれる。いつも横に」
電話口でそういいながら私は夜空を見上げる。
5分間だけ無料の通話ができる携帯のプランか何かがあって、いつも彼女とそれで話をしていた。
「私は音がしないの?」
そういって凜は残念そうに話す。
「人といるとうるさくて仕方がないけど、凛といると汽笛のような音が聞こえて、最後には何も聞こえなくなる。すごく落ち着くんだ」
私はその音に耳を傾けながら話をする。

夜半に港町で聞こえるおおきな汽笛と、私から常に聞こえてくる心臓の鼓動と、凜へ向けた鈴の音のような恋心が私を包む。

あなたの心の中
あなたの心の中入って
あなたのやさしさもっと

毎日、家に帰ると日付の変わる少し前から月が高くなる時間までのわずかな時間、凜と話した。
でも、思いを言うのがはばかられた。そもそも彼女は男性が好きなのだし、こちらの思いの独りよがりかもしれないと思ったからだ。
ただ、それよりも何よりも、この関係を壊したくは無かったからだ。初めての思いだったし、こういうのを恋というのか…と思った。ただ、好きだとか、愛してるだとかそういう言葉とは違う気はしたが、彼女にこちらを向いてほしかった

時間だけ流れてく 変な人生
新たなるやさしさを バラまき壊し

毎日彼女が眠れるまで5分おきに電話をかけて寝不足の目で学校に登校した。
目の下のクマは大きくなったけど、なんだかとても充足した気分だった。
「私は、翔君の特別ね。」
そういっていたづらに笑いかける凜に会うと、またあの心地よい音が、今度は鈴の音に駆り立てられて上手く話せなくなる。

サンキュー オマエ女神になって

私だけに微笑みを、私だけにその気持ちを向けてほしかった。
はじめての独占欲に心が壊れそうになりながら、彼女が眠るまで星空を見ていた。

本来のあなたの心に火をともせ
本来のあなたの心に火をともせ

 

私とエレカシ#37

凛と出会ったのは、附属の大学の博物館だった。

私は大嫌いな生物の授業を避けて、無音の場所を求めて高校から抜け出た。
勝手に耳に入ってくる音がうるさくて、人といるとその人に対しての感情すら音になってしまった。
とりあえず共感覚という言葉を、カナダで知ってからは自分は異常ではないと知っていたが、
何でこう生きづらい特性ばかりが強く出てしまうのか困り果ててしまった。
実生活で付き合う人間を最小限にしなければ、まともに生活もできなかった。

 

 

世の中にあるもの 全てがメッセージよ
すなわち俺の行動も全てが必然よ 
好むと好まざるにかかわらず逃げられない 
そんな時代の精神て奴ァ確かにあるけどよ

 


日の光が少しだけ眩しい博物館の長椅子で居眠りをしていた。
感情が無くなるのはつまりは眠っているときで、些細なことですぐ反応してしまう自分の感情を抑えるためには、
何かに集中するか、寝てしまうかのどちらでしかなかった。
風が気持ちいい。
(タン、タターン、タン…)
また音が聞こえる。音がうるさい…。
そういって眠ろうと耳を塞ぐ。
いつの間にか眠ってしまった。

陽気なる逃亡者たる君へ言う
疲れた時には孤独になれ
この世を越えてくものあるとすれば
ココロの奥のやさしさ
それがメッセージ
それがメッセージよ

「あら、こんなところで寝て、悪い子ね。」

低く甘いハスキーな声が私を釘付けにする。

顔を真っ赤にしてそむける。

「そんな、恥ずかしがることないわよ、びっくりした?ふふ、よだれついてる。」

そういって真っ白なハンカチを渡してくれた。

それを受け取らず、私はジャージの袖で口を拭く。

「ごめんなさい、私なんかが話しかけちゃ…駄目だったわね。ごめんなさい。気持ち悪いわよね」

そういってさっと去ろうとする。

「そ、そんなこと。あの、お、お姉さんはきれいだと思う。」

そういって初めて見る美しい人間をじっと見る。

「あなたには女の人に見えるの?うれしい」
彼女は私へ笑いかける。

「はじめてよ、そんな風に言ってもらえたのは」

そういってもう一度私の目の前に屈み込み、じっと目線を合わせる。


それだけで、もう死んでしまいそうなくらいめまいがした。


「あ、あのぼ、僕をそんなにみ、見ないで。」
そういって顔をそむける。

どうにかなってしまいそうだった。

「もしかして君は男の子なの?」
そういって小首をかしげる
私は首を振る。

「じゃあ女の子なの?」
そういって真っすぐ私を見る。

「わからない…」
そういってまた首を振る。

「そういう事…なるほど。」
そういってきれいな低い落ち着いた青年の声で私に語り出す。

「私ねトランスジェンダーなの。しってる?」
私は首を振る。
遠い昔、カナダで言われた。僕のカテゴライズされた名前が違った。

トランスジェンダーってね、日本ではほとんど広まってないけど、私みたいに体が男なのに女のように生きる人間の事を言うの」

面食らってしまった。本当に女性だと思っていた。

「え?」

そういって声をあげた。

「女の子に見えた?それならうれしいわ。そんな顔したの君が初めてだもの。」

私の隣に彼女は腰を下ろす。

「私は凛っていうの、ほんとは凜太郎ってなまえなんだけど、こっちの方がかわいいでしょ?」
そういって笑う。
太陽のように明るく。
眩しかった。

「僕は○○。」

彼女は顔をしかめて

「あら、そんな女の子みたいな名前で呼ばれてるの?」
と尋ねる。

「ううん、みんな翔ってよぶ。」
そうすぐに応える。

「翔ちゃん?翔君?」
へんな質問だ。

「翔でいい。敬称付けられるのは嫌い。」
そう答えた。

孤独は次の出会いのための時間だ。
ちゃかちゃかとまた音楽が聴こえる。
それでも不快ではない音だった。

 

あらゆる不幸を乗り越えて行くために
あらゆる危機を超えるために
あらゆる悲しみに耐えるために
あらゆる理不尽に負けぬために